鷺ノ宮の実家にはいつもは家族と一緒に車で帰って寄り道もせず鎌倉に戻るのだが、今回は一人で電車で帰ったので、鎌倉への帰りも自由に思い出のある場所を訪ねながら帰ることにした。
まずは鷺ノ宮から母校である井草高校へ。
このホームの雰囲気、変わってないなー。
なぜか下り(登校時)のホームの印象はなく、登り(下校時)のホームの印象が強い。
Googleマップと記憶を頼りに母校井草高校へ向かう。
あー懐かしいなー、この風景!
偶然にもこの日は卒業式。
晴れ着姿、袴姿の学生たちが。
「卒業おめでとう!」心の中で呟きながら正門へ。
普段なら卒業生といえども校内には入れないであろうが、この雰囲気であれば問題なさそうだ。
中庭。
校庭へ向かう入り口。変わってないなー
山岳部で手すりにロープをくくって懸垂下降をした渡り廊下。
何も変わってない。
あの頃の自分は不良では無いけれど、何か斜に構えて、ひねくれていた。
自分が何者になるのかもわからず、何かふわふわしたような、でも自分らしくありたいと強く思っていた純粋な時間を過ごした。
結局、現役では大学に受からず浪人が決まっていたので、薄暗い気持ちの中卒業式を迎えたのだろう。卒業式はあまり記憶に残っていない。
あの頃のクラスメイトはどうしているのだろうか?
もう一度会ってみたいなー。
横断歩道を渡り上井草駅へ戻る。下校時のこの風景、変わっていない。
ただひたすら懐かしい。
上井草駅前にガンダム像があった。
どのような関係で設置されたのだろうか。
上井草から荻窪へバスで向かう。
タウンセブンの中のTAKAQで背伸びしてジャケット、ワイシャツを買ったことが今でも心に残っている。
大学生時代、荻窪のジャパレンでバイトしていた。
その時寄っていた春木屋さんでラーメンをいただく。
荻窪を後にして中野に向かう。鷺ノ宮の実家にいた頃、中野は自転車で行ける最も近い繁華街であった。
中野駅に降り立ち、真正面のサンモール向かう。
サンモール歩いて行くとそのまま中野ブロードウェイにつながる。
あーこんな感じだったなー
まんだらけは30年前以上からこの場所にあった。
自分が小さかった頃も何か怪しげな何かマニアックな雰囲気を醸し出していた。まんだらけはそのころからあったが今は館の至るとこがまんだらけだらけになっていた。
なぜか時計店も多くあり、300万もする中古時計が通路に面したショーケースに何気なく陳列されており、お客も結構入っている。
一通り回って地下一階のソフトクリーム屋を目指す。
昔からの場所に昔からのイメージを残して存在していた。
小さい頃、ブロードウエイに行ったときは必ずここのジャンボソフトクリームを食していた。
大きなソフトクリームでも300から400円ぐらいだったイメージがある。
今回は小サイズでバニラとメロンフレーバーにした。
幼少の頃のお気に入りの店が今も残っていて、繁盛している。
これは幸せ以外の何者でもない。
中野ブロードウェイは進化しつつ、そして変わらず存在していた。
ブロードウェイを出て外から中野駅に帰る。
中野サンプラザ。
小さい頃から中野サンプラザは「サンドウィッチの形」として記憶に染み付いている。
自分はここで成人式に参加した。
このサンプラザも近いうち解体されるらしい。
青春時代を偲ぶ旅も終わり近づいてきた。
幼い頃の思い出の場所がほぼそのまま残っていたことに、嬉しさと安堵と郷愁とが入り混じった気持ちが湧き上がり、味わい深い酒を堪能するような時間を過ごすことができた。
感謝。